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2010.01.16

クディチーニ「またプレイできると信じている」

I could’ve died but I’ll play on(The Sun)

 一瞬の出来事だった。
 意識はあったから、すべて覚えてるよ。衝突の瞬間も、地面に倒れている間のことも。死ななくて本当に良かったと思った。
 激痛だったから、まずどこを怪我したかを確認した。起き上がろうとはしなかったが、身体のどの部分が動くかをチェックしたんだ。一番心配だったのは背中だった。麻痺していないか、足は動くかとね。
 手首と骨盤の部分の痛みがひどかった。でも、一番怖かったのは見えないところを怪我していないかどうかだった。内部の怪我は見えないからね。

 病院に搬送された後、手首と骨盤が折れていると言われた。言われてちょっとほっとしたよ、命に関わるものじゃないと分かったから。手首の骨は折れても治るからね。
 そして、サッカーがまたできるようになるだろうかと思った。すぐにそのことを考えたね。

 サッカーに戻れると俺は思ってる。外科医と話をしたけど「重傷だが、どうなるか見てみましょう」と言われた。でも、「気の毒だけど、それは無理だ」と言われない限り、望みはあるだろ?
 スポーツマンはいつも目標を定めるものだけど、俺の目標はまたプレイできるようになることだ。これまでやっていた場所に戻ること、それに集中している。いつになるかは分からないが。

 間違いなく、俺の人生で最悪の出来事だったと思う。だから、一番大変な経験になるだろう。精神的にもね。
 自分は精神的に強い人間だと思っている。だとしても、病院で落ち込んでいたことはあるよ。「ひどいことが起きてしまった、治るまでにどれくらい時間がかかるんだろう、俺はもう25歳じゃないのに…」と。人間なんだから、こんなふうに落ち込んでしまうことはある。
 でも一方で、生きていられて本当に幸運だったとすぐに思いなおしたよ。そして、いろんなことが実感できた。自分がどんなに幸運なのかということを。自分はフットボール選手で、自分がやりたいこことをやることができて、たくさんのお金を儲けられて…。
 でも、こういう出来事が起きると、自分だって普通の人間で、悪いことが自分に起きる可能性はあるんだということも思い知らされる。

 ペトル(・チェフ)に起きたことは覚えてるよ。彼がどんなに頑張って、再びプレイできるようになったのかもね。彼には励まされる。頭蓋骨を骨折したあの日、ペトルを俺の家に招くことになってたんだ。なのに、彼は病院に運ばれることになってしまった。
 お見舞いに行ったときのことも覚えている。そして、回復しようと頑張っているペトルからいろんなことを教えられた。

 俺がこんな事故にあって、ハリー(・レドナップ監督)はショックを受けたと思う。イタリアでの事故を思い出したんじゃないかな。(※レドナップは1990年のイタリアW杯時、自動車事故にあい、同乗者が5人死亡した)
 俺の命に別状はないと分かってほっとしたと思うけど、彼の表情はとても感傷的だった。

 俺は運命論者だから、「何かが起きる時、それには必ず理由がある」と考える。だから俺たちはまたここから歩き始めるんだ。
 起きてしまったことは、起きてしまったことだ。次のページをめくって、また歩き始めないと。