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2012.12.18

How we won the War その1

どうもみなさんお久しぶりです。ヒナキです。
違うハンドルのほうがすでに馴染みがあるとおっしゃる方もいるかもしれませんが、いずれにせよお久しぶりです。
私は元気に、チェルシーファンとしてツイッターやってます。
いろいろと理由があって、いや有り体に言って見てほしくない人にここを見つけられ、ブログを書くことに支障が出るようになってしまい、こちらではなりを潜めておりました。
その問題が解決したかどうかは不明なのですが、今日はやはりブログでまとまった文章を書く必要があるだろうと思い、ちょっとだけ戻って来ました。
どの程度の方々がここを見つけてくれるか分かりませんが、自分の備忘録としてまとめたいと思います。
文章にして初めて、自分の考えや気持ちに気づくところもあろうかと思いますし、また今の感情を書き留めておくことに意味もあると思うので。

ええ、何の話かというとクラブワールドカップの話です。
長くなると思いますので、中見出しを立てて書いていこうと思います。
例によって、推敲はほとんどしません。思ったとおりをそのまま垂れ流していきます。


■私がなぜ「日本に来るな」と叫び続けたか

CLで優勝したことは本当に嬉しかったですし、いまだに信じられない気持ちでいっぱいです、
なぜなら、正直言ってあの時チェルシーはヨーロッパ王者になるような安定して強いチームではなかったと思うからです。

私にとって「安定したチーム」というのは、まず取りこぼしが少ないこと。格下の相手に負けてしまうことはどんな強豪チームにもあり得ることですが、チェルシーの場合ちょっと多すぎると思っていました。
そして、基軸となる選手がしっかりと屋台骨を支えていること。チェルシーは今世代交代に差し掛かっているところで、まだラインナップは安定していません。
それらを総合して、「安定していて優勝するに値するチーム」とは言えないと考えていたのです。
それから異論は多いと思いますが、ディマッテオの監督としての手腕は、後輩である選手の人心把握能力以外はまだ未知数だと思っていましたし。

ロシア革命以降、CLでは本当にいろんなことがあり、大体はつらい思い出でしたが、それだけに優勝は悲願となっていきました。油様の思い入れも相当なものになっていたと思います。
いつかはCLに優勝しなければいけないと思っていましたし、でなければ世界的なビッグクラブと呼ばれるには値しないと思っていました。
でも、まだ早いという気もしていました。
それだけに、優勝して「嬉しい」というより「ラッキーすぎる」という思いのほうが強かったのです。それはいまだにそうです。

リーグ戦と違い、カップ戦は多分に運に左右されるところはあります。
なので、ラッキーでもなんでも優勝してしまえばそれで良いのかもしれません。
ただ、上記の理由から、私にはどうしても手放しで喜べないところがありました。
世代交代という重たい問題は解決されないままですし、優勝時と違い監督はあくまで暫定監督です。チームどころかコーチ陣ですら安定しない状態でした。
果たして、チームの成績は著しく悪化し、3位にいるのが不思議なほどでした。
まずは状態を立てなおして欲しい。リーグの成績を良くして欲しい。私はずっと思っていました。
なのに。
そんな状態で、過密スケジュールのなか、遠い遠い寒い極東の国まで来るというのです。
「極東」を英語でなんというか御存知ですか? Far Eastです。つまり「東の果て」です。
専用機で来るのでしょうが、それにしたって12時間缶詰です。カラダに良い訳がありません。
私も英国から一時帰国する際は、日本の友達に会えるうれしさの反面、飛行時間の長さを思うと毎回気分が塞ぎました。

ツイッターを見ている人ならご存知でしょうが、私はことあるごとに言い続けてきました。
来ないでほしい。
疲れて帰ることになるのは目に見えている。
欧州におけるCWCは、知名度も重要度も高くありません。欧州サッカーファンにとってはやはり、CLとW杯がプライオリティなのです。もし優勝したとしても、それほど褒めてはもらえません。
優勝しなかったら、誰にも記憶してもらえません。以前のリバプールがいい例です。疲れて、手ぶらで帰っただけでした。

私にとってはリーグ戦が常に最重要課題なのです。
CLで敗退した今、何よりリーグ戦が大切だと思うのです。
極東まで来て、エキシビションに等しいような試合なんてする必要ない。これで誰か怪我でもしようものなら、私はぶちきれていたと思います。

見たいのなら、自分で行けばいいんですよ。
わざわざ選手たちにこさせる必要なんかない。
もちろん私だって、頻繁に見に行けるほどの財力も休みもありません。でもそこは、愛と想像力で補えます。そしてなるべく頑張って見に行きます。
だから、来ないでほしい。
誰に言っているのか分からないセリフをずっと叫び続けていました。
私がどんなに叫んでも何の意味も権利もありませんので、かくしてチェルシーの選手たちは寒い成田に降り立ったわけです。


■ああ、おまいらこそは

もちろん、来たからには追い払うはずなどありません。「来なきゃ良かったのに」と複雑な気持ちを抱えつつ、応援しようと思ったのは当たり前のことです。
チケットは友達と協力して無事ゲットできました。決勝まで勝ち上がるはずだと信じて、準決勝のチケットと合わせて押さえました。

さらに、とてもありがたいことに、日本のサポーターズクラブの方からイベントに来ないかと声をかけていただきました。
日本のサポクラ主催で、海外在住のファンをお迎えするというパーティでした。
100人以上の海外サポーター(大半がUKからの遠征)が大挙して押し寄せることになっており、事前にいろいろ準備はされたのだと思いますが、当日はやっぱり混乱しました。
私は英語要員として受付嬢(嬢?)の役目を仰せつかったのですが、人数がとにかく多い上に名札を見つけるのが至難の業(なぜかアルファベット順に並んでいなかった…)ので、ずらりと並ぶゴツイイングランド人サポの前で「Could I have your name please?」「How do you spell it?」「I’m sorry I kept you waiting…」を何回言ったか知れません。
会費と引き換えに名札とワンドリンクのビールを渡すことになっていたため、待たされている間彼らは何も口にすることができないのです。本当に申し訳なく思い、冷や汗がにじみました。

しかし、「早くしろよ」とか「何やってんだよ」とか「ファック」とか「シット」とかいう人は1人もいませんでした。
一緒に名札を探してくれたり、冗談を言って場を持たせてくれたり。
苗字が「Discipline(規律)」という人のカードを見つけて「俺は確かに規律のある男だが、これは俺の名札じゃない」とボケてくれたり。
ああ、これがイングランド人(スコットランド人もいたかもですが)だと思いました。
それに、初めて会ったサポクラのスタッフの人も、人見知りな私なのにすごく親しく話しかけてくれました。
チェルシーファンはやっぱみんないい人じゃん!という思いを私はさらに強くしたのです。
(そして、英語を勉強していて良かったなとこの時ほど思ったこともあまりありませんでした)

Chelsea TVの有名プレゼンターであるNeil Barnettとお会いできたのも良い思い出でした。
受付で「お名前いただけますか」と聞いたら、他の人が「この人を知らないのか!?」と言うのでよく見たらニールだったのです。
あとで写真も撮ってもらって大満足。
チェルシーファン以外にとっては単なるオッサンですが、選手を練習で見かけることはあっても、この人に会えることなんてそうそうないでしょう。ま、オタク的な喜びかもしれませんが、いいじゃないですか。

彼はその後で、「テリー、ランパード、チェフ、ドログバは歴史を作っている」と話し、ファンたちから拍手が沸き起こっていました。
大騒ぎしながらも、聞くところはちゃんと聞いているファンのオヤジたち。時々チャントが沸き起こり、大声で唱和するオヤジたち。
これこそイングランドフットボールのファンの姿でした。
私がロンドンで憧れ、薫陶を受けた大好きなスタイル。
久々に身近に感じて、背中がゾクゾクするほど感激しました。
そんなうるさいオヤジたちの間で、日本人のファンも負けずに歌ったり飛び跳ねたりしていて。

「私が大好きなチェルシーをみんなこんなに愛してくれて、ありがとう」
えらそうですが、私はそんな気持ちで見ていたのです。

(続く)

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